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医用電気機器の安全性に関する研究

病院で使用されている機器はほとんどが電気を使った医用電気機器(ME機器)です.ME機器は非常に便利ですが,使い方を一歩間違えると感電事故や火災など非常に危険な状態になります.またME機器の特性をよく理解して使用しないと,単純な操作ミスでも大きな医療事故につながりかねません.
本研究室では,除細動器やAED,電気メス,輸液ポンプなど様々なME機器の安全性に関する研究を行っています.

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極端条件下におけるAEDの安全性

現在,病院外における突然の心停止症例が国内でも数多く報告されています. 心停止の際にはいかに早く心肺蘇生が開始されるかが鍵を握っており,病院の外で起こる心停止の場合は一般市民のみなさんが行う胸骨圧迫(いわゆる心臓マッサージ)と電気的除細動(電気ショック)が重要となります. したがって院外の心停止発生時に身近にいる可能性が高い一般市民の手によっていち早く電気的除細動が行われることが大切であり,自動体外式除細動器(AED)が駅や学校などの公共施設だけでなく,商業施設などにも多く普及しています. AEDは誰でも簡単に使用できるように操作手順が音声によってアナウンスされるようになっています. しかし,使用に当たってはできる限り事前にAEDの使い方を含めた救命講習会を受講することが推奨されています. AEDの使用法については,通常の状況下のほかに「傷病者の胸部が水などで濡れている場合」,「傷病者の胸部の体毛が多い場合」,「傷病者が貼り薬を貼っている場合」,など特殊な場合に対する注意事項についても解説される場合があります. では,具体的に水に濡れているとどの程度エネルギーが損失するのでしょうか? 貼り薬の上や服の上から電極パッドを貼ってしまうとどのようなことが起こるのでしょう? 本研究室では,AEDを想定外の使い方をした場合にどのような危険が起こる可能性があるかを調べています.

電極パッド間が濡れている場合のエネルギー損失

 雨が降っていたり,海水浴で溺れてしまった場合などのように傷病者が濡れている場合には,AEDの電極パッドを貼る前に胸壁の水分を拭き取った状態で除細動(電気ショック)を行うように講習会等では指導されます. これは,電極パッドが貼りにくいという理由だけでなく,電極パッド間の液体によって電極間がショートしてしまい,有効なエネルギーが傷病者に伝わらない可能性があるからです. では,実際に電極パッド間が濡れている場合,どの程度のエネルギーロスがあるのでしょうか? そこで,胸壁の抵抗の値に近い50Ωの電気抵抗を人体模型として用いた実験装置を用いて電極パッド間に蒸留水,水道水,生理的食塩水(0.9%濃度NaCl水溶液),模擬海水(3.5%濃度NaCl水溶液)がそれぞれ存在する場合について,出力エネルギーの損失を調べてみました. 蒸留水と水道水が電極パッド間にある場合については,エネルギーの損失は観測されませんでした. 蒸留水や水道水に比べて電解質を多く含むために電気を流しやすい生理的食塩水や模擬海水についても,電極パッド間に液体によって経路が形成されない限り,やはりエネルギーの損失は観測されませんでした. しかしながら,このように電気伝導性の高い液体については,電極パッド間にその液体によって一カ所でも経路が形成されると,人体側に流れるエネルギーが大幅に低下する可能性が高いことがわかりました. 図1に人体を模擬した負荷抵抗に加わったAEDの出力電圧の時間変化の一例を示します.いずれも500 mL,1000 mLの場合が電極パッド間に海水を模擬した液体で経路が形成されている状態ですが,乾燥している場合(図中のDry)や水滴程度しか液体が存在しない場合(20 mL,40 mLの場合)と比較して,明確に電圧が低下していることがわかります. これは液体で経路が形成されることによって,エネルギーの一部が胸壁を模擬した電気抵抗ではなく,液体上で消費されたことを意味します. 実際の現場では患者の胸壁に存在する液体がどの程度伝導性があるかは見た目ではわからないため,拭き取る必要がありますが,完全に水滴がなくなるまで一生懸命拭き取る必要はなく,見た目でパッド間に伝導経路が形成されない程度に拭き取ればよいといえます. つまり,体表面に存在する液体を拭き取ることに専念するあまり,胸骨圧迫の中断やAEDによるショックの実行が遅れることがないようにする必要があるといえることが明確になりました.

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図1.海水を模擬した液体が電極間にある場合の電圧低下の様子
※以上の結果は第89回日本医療機器学会大会および以下の論文にて報告しています.
"電極パッド間の液体がAEDの出力エネルギーに及ぼす影響"
堀 純也, 杉岡 竜馬, 三木 祥平, 堀次 咲貴, 十鳥 早矢, 江口 晃彦, 淺原 佳江 医療機器学, 第85巻, 3号 (2015) 317-322.

電極パッドの面積が減少した際の温度上昇

傷病者に電極パッドを貼る際に,貼り薬があれば剥がし,素肌に直接貼る様に指導されます. 電極パッド間の電気抵抗が胸壁の抵抗に近い50~60Ω程度になるようにNaClを混ぜて調整した寒天培地による人体モデルに対して,パッドの接触面積を1/2,1/4程度に減らして除細動(電気ショック)を行った場合,パッド周辺の温度上昇を赤外線温度計を用いて観測してみましたが,温度上昇は,せいぜい1℃未満にとどまりました. ただし,温度上昇が全くなかったとは言いきれません. 熱傷事故の報告が多い電気メスの場合,電流を回収する対極板の接触面積が減少することによって熱傷が生じる事が知られています. 電気メスの場合,一回の出力が最低でも数秒程度継続するのに対して,AEDや除細動器の場合は電流の出力時間は10 ms程度と短いです. したがって,電気メスの対極板のようにパッドの温度が大きく上昇する程にはならず,仮に上昇してもすぐに熱が周囲に分散してしまい,広い面積で組織の温度を上昇するには至らなかったと考えられます. ただし,スポット的に高電圧が加わるため,熱的な作用よりも刺激作用は大きくなると考えられます. また,パッドの接触面積を大幅に減らし,点接触程度にした場合には,瞬間的な閃光とともにパッドの一部が黒く焼け焦げる場合がかんそくされました. その直後の温度上昇は4℃程度であったが,瞬間的にはもっと高温だったと考えられます. さらに,人体を模擬した寒天培地とパッドの間に薄い紙を挟んだ状態でAEDの電源を入れたところ,最初はパッドをしっかりと貼り付けるように音声アナウンスが流れましたが,パッドの上から手で押しつけて密着させると,寒天培地表面の水分が紙に染みこみ,その後は手を離しても皮膚に接触したと見なされて充電が行われました. その後,放電ボタンを押すと閃光を伴って通電され,パッドが黒く焦げる現象も観測されました. これは,濡れた服の上からパッドを貼ってしまった場合などに,AEDが皮膚の上にパッドが貼られたとして認識してしまう恐れがあることを意味しています. さらに,その状態で放電が行われれば,パッドが不十分な密着状態でも放電が行われる可能性があるといえます. 実際の皮膚は寒天培地と違って乾燥しており,パッドの接触面積が減るとパッド装着不良の警告が出ます. また,衣服の上からパッドを貼った場合も同様の警告が出ますが,皮膚が伝導性の高い液体等で濡れていて,なおかつパッドが剥がれかかったり,衣服が濡れたりしている状態その上からパッドを貼ってしまうと,パッドが正常に貼られていると誤って認識される危険性があります. さらに,そのまま通電が行われれば,部分的に熱傷を起こすだけでなく有効な除細動ができなくなる可能性があるため注意が必要であるといえます.

※以上の結果は第90回日本医療機器学会大会にて報告しています.

温度環境がAEDの出力やPadに与える影響

AEDは様々な場所に設置されています.AEDは通常,0~40℃の温度環境下で使用されることが前提となっていますが,設置場所は必ずしも一定の温度環境下にあるわけではなく,山間部などでは場合によっては氷点下になることもあります. そういった,低温環境がAEDに与える影響を調べるために実験を行いました. AED本体内部に結露による水滴が溜まることを避けるために,乾燥した窒素ガスを封入したビニール袋にAED本体を入れた後に-10℃以下の環境下に一晩置き,取り出した直後に出力した電圧波形の時間依存性を調べたところ,冷却前後に出力が変化するような事は確認できませんでした. 低温環境下でAEDがうまく動作しなかった事故も報告されていますが,これは個体差があることが考えられ,必ずしも動かなくなるとは限らないようです. 一方で,電極パッドに関しては,冷却環境下から取り出した直後では,うまくシートからパッドが剥がせなくなる場合があることがわかりました. そこで,ポリエチレン製の素材(厚さ約1.5 mm)に金属箔とゲルがついているパッド(以下,パッドA)と薄いフィルム素材(厚さ約75μm)に金属箔とゲルがついているパッド(以下,パッドB)の2種類を0~-40℃まで温度設定可能な冷凍庫で冷却し,一定の温度下で12時間以上置いた状態から取り出してパッドを保護シートから剥がすという実験を行いました. 0℃,-3℃,-6℃,-9℃,-12℃,-15℃,-20℃の条件でそれぞれ確認したところ,パッドAについては,パッド自体の硬化はあったものの,最も低い温度である-20℃においても問題なくパッドをシートから剥がすことができました. 一方,パッドBについては,-9℃以下の低温で保存した場合,表面のフィルムのみが剥がれたり,フィルムが破れて伝導性のゲルがシートに残ってしまい,使用できなくなることが確認できました. なお,一度-20℃の状態に保管した後に室温まで戻した場合や,取り出した直後に手で温めるなどの処置を施した場合は,正常に保護シートから剥がすことができました. パッドAは,パッド自体に比較的厚みがあるために破れることなく剥がすことができたが,パッドBはフィルム素材が薄く,金属電極と身体を電気的に密着させるための伝導性ゲルが凍った場合にフィルムだけに力が加わり剥がれたり破れたりするという状態になったと考えられます. 以上のことから,パッドの素材・構造によっては-6~-9℃前後で正常にシートから剥がすことができなくなる場合があることがわかりました.  AEDは,通常,0~40℃の範囲内で保管されることが基本的な条件になっていますが,保温庫を用いずに廊下や屋外に設置している場合など,AEDの管理状態によっては,冬場などにはそれ以下の温度になることも想定されます. したがって,AED本体のみでなくパッドの保管温度環境についても注意を払う必要があるといえます. また,仮に低温環境に置かれていた場合は,パッドをシートから剥がす前に温めるなどの処理を施した方がよいといえます.

※以上の結果は第43回日本医療福祉設備学会大会にて報告しています.
※上記の(1)~(3)の研究はJSPS科研費25870972の助成を受けて行われました.ここに感謝の意を表します.

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